動的ねじれによるマグノン流生成
磁気と力学運動の結合に対する研究の歴史は長く,Einstein-de Haas効果などの磁気機械効果は現在も盛んに研究されています. 特に,科学技術の進歩によってナノスケールの力学装置とスピンの結合に関心が向けられるようになってきています. これまでは半導体や金属などのナノメカニカルな装置が主流でしたが,最近,磁性絶縁体のカンチレバーがサブミクロンの大きさで作製されるようになり,その磁気機械効果に注目が集まっています.
そこで,我々はそのようなナノメカニカルな強磁性絶縁体カンチレバーを考えて,外的にねじれ振動が誘起されたときマグノン流が生成されるという新たな磁気機械効果を示しました. 具体的には,交換相互作用と容易軸異方性のみで構成されるシンプルな局在スピンのラグランジアンを仮定して,力学的なねじれの効果を容易軸の変調とみなすことで取り入れました. そしてスピンに対する局所的な回転変換を施すことで,力学的なねじれがスピンゲージ場として記述され,Dzyaloshinskii-Moriya (DM)相互作用を生むことを示しました. このDM相互作用を外場としてマグノン流の線形応答を計算することで,ねじれ振動によるマグノン流生成を記述しました. また,生成されたマグノン流は,逆スピンHall効果で検出可能な大きさであることを確認しました.
交流電流による界面スピン移行トルク
物質の界面近傍では,様々な物理現象が生じます. たとえば,スピン依存伝導や界面磁気現象,カイラル・トポロジカル現象などです. これらは古くから興味が持たれており,最近になってより一層注目されてきています. それらのなかで,スピン依存伝導は基礎物理としてのみならずデバイス応用とも密接に関わってます.
また,近年のスピントロニクスの発展を理解するという観点からも,界面におけるスピン依存伝導を調べることは重要です. 特に,スピンポンピングやスピンSeebeck効果は,磁化ダイナミクスとスピン依存伝導の相互依存による現象であるため注目に値します. これら2つの現象は,理論的には,界面での交換相互作用の2次に比例していることが分かっています. このほかにスピンHall磁気抵抗などにおいて,一般に界面での交換相互作用は本質的な役割を果たすことが容易に理解できます. しかし,この界面での交換相互作用を直接的に測定する手法がなく,その理論的提案もありませんでした.
そこで我々は,界面に平行に交流電流を印加してスピン移行トルクの共鳴現象を利用することで,界面での交換相互作用を直接的に観測する手法を提案しました. 具体的には,強磁性体と非磁性金属の接合系を考え,強磁性体には磁化構造(たとえば磁壁など)があり,系におけるスピン軌道相互作用は弱い場合を考えます. 電流を印加することで,非磁性金属の伝導電子が強磁性体の磁化と界面の交換相互作用を介して,磁化にスピン移行トルクを及ぼします. 電流が振動数$\omega$の交流の場合,伝導電子はスピン反転を伴いながら励起され,$(1 - \omega \tau_{sd})^{-1}$に従って共鳴的に大きなスピン移行トルクを生じさせることを微視的計算によって明らかにしました. ただし$\tau_{sd} = \hbar / 2 \Delta$で,$2 \Delta$は界面交換相互作用による分裂です. このことから,交流の振動数を変化させ,磁壁の移動幅依存性を調べることで,界面での交換相互作用を見積もることができると考えられます.
Dirac電子系のスピンHall効果
Dirac電子は相対論的な速度領域でのみならず,固体中において電子が有効的にDirac電子としてふるまう場合があることは古くから理論的に示されていました.具体的には,ビスマスのL点まわりでの電子状態はDiracハミルトニアンによって記述されます.それはスピン軌道相互作用の強い極限に等しく,スピンHall効果も非常に大きなものになると先行研究によって示されていましたが,その理論的研究では不純物によって生じるスピンHall効果の寄与(外因性スピンHall効果)が含まれず,不純物のない純粋な結晶における内因性スピンHall効果のみが議論されていました.
そこで我々は,不純物の効果まで含めて内因性と外因性スピンHall効果を同じ土台に立って計算することで,先行研究との比較を試みました.内因性スピンHall効果はFermi準位がバンドギャップ中にある場合が最大になるという先行研究の結果を再現しましたが,外因性の寄与によって全体のスピンHall効果はFermi準位がバンドにかかっているときの方が大きくなるという結果を得ました.特にskew散乱による外因性の寄与は(バンドギャップ/不純物濃度*不純物ポテンシャル)に比例するため,不純物が少ない方が外因性スピンHall効果が支配的になることを示しました.このようなふるまいは異常Hall効果においても同様の議論がなされています. ただ,ビスマスにおけるスピンHall効果の実験結果と比較するには,T点に存在する正孔による寄与の見積もりや不純物ポテンシャルの扱いなど,まだ不十分な点がいくつかあり,さらなる研究が必要です.
Dirac強磁性体の輸送特性
磁性体スピントロニクスにおいてスピン軌道相互作用の効果は質的に新しい現象を引き起こすため,近年盛んに研究がなされています. 我々はスピン軌道相互作用などの相対論的効果を含む強磁性体の最もシンプルなモデルとして,Dirac方程式に基づく強磁性体(Dirac強磁性体)を一般的な形式で提案し,その輸送特性を明らかにしました.
具体的には異方性磁気抵抗効果(AMR)と異常ホール効果(AHE)とを線形応答理論に沿ってグリーン関数法を用いて調べました. Stoner強磁性体を相対論的領域に拡張すると,強磁性の秩序変数に2種類が考えられる(以下,‘磁化’,‘スピン’と呼ぶ)のですが,AMRを決定する2つの因子「フェルミ面の変形による異方性」と「不純物による減衰定数の異方性への依存性」を,それらの秩序変数依存性を定量的に明らかにしました. AHEに関しての発見は,‘スピン’が有限の場合には,化学ポテンシャルがバンドギャップ中にある場合においても,量子化されていないAHEが生じることを解析的に示しました.