Dirac電子は相対論的な速度領域でのみならず,固体中において電子が有効的にDirac電子としてふるまう場合があることは古くから理論的に示されていました.具体的には,ビスマスのL点まわりでの電子状態はDiracハミルトニアンによって記述されます.それはスピン軌道相互作用の強い極限に等しく,スピンHall効果も非常に大きなものになると先行研究によって示されていましたが,その理論的研究では不純物によって生じるスピンHall効果の寄与(外因性スピンHall効果)が含まれず,不純物のない純粋な結晶における内因性スピンHall効果のみが議論されていました.
そこで我々は,不純物の効果まで含めて内因性と外因性スピンHall効果を同じ土台に立って計算することで,先行研究との比較を試みました.内因性スピンHall効果はFermi準位がバンドギャップ中にある場合が最大になるという先行研究の結果を再現しましたが,外因性の寄与によって全体のスピンHall効果はFermi準位がバンドにかかっているときの方が大きくなるという結果を得ました.特にskew散乱による外因性の寄与は(バンドギャップ/不純物濃度*不純物ポテンシャル)に比例するため,不純物が少ない方が外因性スピンHall効果が支配的になることを示しました.このようなふるまいは異常Hall効果においても同様の議論がなされています. ただ,ビスマスにおけるスピンHall効果の実験結果と比較するには,T点に存在する正孔による寄与の見積もりや不純物ポテンシャルの扱いなど,まだ不十分な点がいくつかあり,さらなる研究が必要です.