最終更新日: 2011/10/10 作成日: 2011/10/05
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過飽和や過熱を熱力学で定性的に扱ったメモ. 表面の効果が重要である一例.毛細管現象も同じく表面の効果で,表面張力が主役の現象. 熱力学の勉強の一環で気になった箇所をまとめました. 正直,この議論が正しいのか怪しいので,そういう意味でも公開しています. コメントくださると幸いです.

はじめに

化学の授業で,ガスバーナーで水を沸騰させるときには「突沸」に気をつけるようにと言われた記憶があるかと思う1 2. そして突沸を防ぐために沸騰石なるものをビーカーに入れて火にかけたことだろう. そもそも突沸とはどのような現象かと言うと,文字通り,勢いよく突発的に沸騰することだ. より科学的に述べれば,沸騰せずに沸点(100℃)を超えて過熱状態になっている水が何らかのきかっけで急激に沸騰する現象のことで,沸騰すると水の温度は沸点まで下がる3. 熱力学によれば定性的ではあるが数式を用いて,なぜ突沸という現象が起きるのか,なぜ沸騰石を入れるとそれが防げるのかを説明することができる. 過飽和という状態も同じように扱える. 飛行機雲が生じるのは,過飽和に水蒸気を含む空気を飛行機が撹乱したためだったりする. さらに,過冷却状態の水に,ほんの小さな衝撃を与えただけで水が一気に凍る実験をしたことがあるだろうか. これについても下の議論を少し修正すれば同じように説明することができることと思う(出来ないかも).

有限系の液体の蒸気圧

図: 圧力-体積相図.例えば,Van der Waalsの状態方程式を解いたときに出てくる$p-V$グラフで,A点よりも左側の実線上は液相で,${\rm AA'}$間は気液共存相,${\rm A'}$点より右側の実線上は気相を表す.点線がいま扱いたい領域.

ここでは,分かりやすいように,はじめに過飽和状態について考えていくことにする. 見通しを良くするために,まず最初に有限の大きさの液体の蒸気圧を求める. 蒸気圧$ p_{\infty}(T) $を,無限に大きな体積の気体と液体とが共存している平衡状態の圧力とすると, 有限の大きさの液体(簡単のために半径$ r $の球体とする)の蒸気圧$ p_r(T) $は$ p_{\infty}(T) $よりも大きくなる. これは液体の表面張力によるためである.

そのような液体を,圧力$ p $の流体の中に置いたとしよう. この流体は液体に圧力を与えるしか作用しないものだとする. そこで,仮に液体が膨張したとすると,液体がする仕事は \begin{equation} \mathrm{d} W = p \mathrm{d} V - \sigma \mathrm{d} a \end{equation} ここで,$ \mathrm{d} a $は液体の表面積の増加量,$ \sigma $は表面張力である.

この場合の熱力学第1法則は \begin{equation} \mathrm{d} U = \mathrm{d}’ Q - p \mathrm{d} V + \sigma \mathrm{d} a \label{1st_rule} \end{equation} これから分かるように,無限系での式に$ \sigma \mathrm{d} a $という項が付け加わっている. よって,有限の液体の内部エネルギー$ U $は,$ u_{\infty} $を無限系の液体の単位体積あたりの内部エネルギーとして \begin{equation} U(S,V,r) = \frac{4}{3} \pi r^3 u_{\infty}(S,V) + 4 \pi \sigma r^2 \end{equation} と表すことができる4. 第2項が表面エネルギーと呼ばれるものである. 同様にGibbsの自由エネルギーも \begin{equation} G(T,p;r) = \frac{4}{3} \pi r^3 g_{\infty}(T,p) + 4 \pi \sigma r^2 \end{equation} という表式をとる. ただし$ g_{\infty} $は無限系の液体の単位体積あたりのGibbsの自由エネルギー.

温度$ T $,圧力$ p $の気体と平衡状態にある半径$ r $の水滴を考えると,与えられた$ T,p $に対して系全体のGibbsの自由エネルギーを最小にするような$ r $が実際の水滴の半径となるはずである. この条件が与えられた$ T $における$ p $と$ r $との関係を定める. 水滴の質量を$ M_1 $,水蒸気の質量を$ M_2 $,またそれぞれの無限系での化学ポテンシャルを$ \mu_1, \mu_2 $とすると,全系のGibbsの自由エネルギーは \begin{equation} G_{\rm total} = M_1 \mu_1 + 4 \pi \sigma r^2 + M_2 \mu_2 \end{equation} と表される. ここで,蒸発によって水滴の半径が少し変化したとき($ \delta M_1 = - \delta M_2 $)の平衡の条件は \begin{equation} \delta G_{\rm total} = 0 = \delta M_1 \left( - \mu_2 + \mu_1 + 8 \pi \sigma \frac{\partial r}{\partial M_1 } \right) \end{equation} 水滴の密度を$ \rho $とすると,$ M_1 = \frac{4}{3} \pi \rho r^3 $から \begin{equation} \frac{\partial r}{\partial M_1} = \frac{1}{4 \pi \rho r^2} \end{equation} なので,平衡の条件は \begin{equation} \mu_2 - \mu_1 = \frac{2 \sigma}{\rho r} \end{equation} となる. この両辺を圧力$ p $で偏微分してMaxwellの関係式 \begin{equation} \left( \frac{\partial \mu}{\partial p } \right)_T = \frac{1}{\rho} \end{equation} を用いると, \begin{equation} \frac{1}{\rho’} - \frac{1}{\rho} = -\frac{2 \sigma}{\rho r^2} \left( \frac{\partial r}{\partial p } \right)_T -\frac{2 \sigma}{\rho^2 r} \left( \frac{\partial \rho}{\partial p } \right)_T \end{equation} ただし$ \rho’ $とは水蒸気の密度である. 非常に希薄な気体を考えて,理想気体であるとみなすと,$ m $を気体を構成する原子の質量として, \begin{equation} \rho’ = \frac{m}{k_B T} p \end{equation} と表せる. また明らかに$ \rho \gg \rho’ $なので$ 1 / \rho’ \gg 1 / \rho $であり,$ \partial \rho / \partial p \approx 0 $. \begin{equation} \therefore ,, \left( \frac{\partial r}{\partial p } \right)_T = -\frac{k_B T}{m} \frac{\rho r^2}{2 \sigma p} \end{equation} これを解いて,温度$ T $における有限系の液体の蒸気圧$ p_r(T) $が求まる. \begin{align} p_r(T) = p_{\infty} (T) \exp \left( \frac{2 \sigma m}{\rho k_B T} \frac{1}{r} \right) \label{vapor_puressure_r} \end{align} この式は,正確には与えられた温度$ T $,圧力$ p $で安定に存在できる水滴の半径が$ r $であることを示している([図]\ref{#fig:three}参照).

凝集の機構

過飽和状態を考えたいのであるが,もう少し準備が必要で,そもそもどうやって凝集が起こるかを考えなければならない. それは(\ref{vapor_puressure_r})式から説明することができる. (\ref{vapor_puressure_r})式は,読みかえると,半径$ r $の水滴は温度$ T $,圧力$ p_r(T) $でしか安定に存在できない. 与えられた温度$ T $,圧力$ p $において安定に存在できる水滴の半径を$ r_0 $とすると水滴の半径が$ r > r_0 $であれば蒸気圧は \begin{equation} p_r(T) = p_{\infty}(T) \exp \left( \frac{2 \sigma m}{\rho k_B T} \frac{1}{r} \right) < p_{\infty}(T) \exp \left( \frac{2 \sigma m}{\rho k_B T} \frac{1}{r_0} \right) = p \end{equation} となる. 蒸気圧の方が外気圧よりも小さくなる. そこで水滴は外気圧を下げるために水蒸気を集めようとする. ところが,水滴が水蒸気を集めて半径を大きくしてしまうと,さらに蒸気圧が下がってしまう. すなわちこのサイクルを繰り返すことによって,水滴が成長して凝集していくのである( ).

図: 水滴の表面付近でのポンチ絵.圧力の不釣り合いが生じていることになる.
図: $ r - p_r(T) $の温度一定での関係.

逆に水滴の半径が$ r < r_0 $である場合は$ p_r > p $であることがただちに分かる. 今度は外気圧を上げるために水滴から水蒸気を放出することになるが,そうすると水滴の蒸気圧がさらに上昇する. これを繰り返し,最終的に水滴がなくなってしまう.

少し視点を変えてみると,温度$ T $,圧力$ p $の状況下で水滴が成長するか否かの臨界半径$ r_0 $が存在するということである. 水滴が出来ないまま過飽和が進むと,この臨界半径は小さくなっていき,ついには分子のオーダーになるだろう. そのときは,ミクロな分子のランダムな衝突によって水滴が生まれ,そこからマクロな水滴へと成長してしまう. ここで,(\ref{vapor_puressure_r})式を見返してみると,その臨界半径は$ T $に比例して小さくなっていくことが分かる. 過飽和が起こらない場合は,揺らぎの結果で水滴が成長できる領域が生じて,そこから凝集が始まるのだろうと考えられる.

過熱の場合は,今までの議論で「水滴」を「泡」に置き換えることで,全く同じように説明することができる.

突沸が起こる理由は以上のように説明することができる5. また沸騰石を入れるとなぜ突沸が防げるのかは,沸騰石が多孔質の物質であることを思い出せば理解できるだろう. つまり,臨界半径よりも大きな泡を作るために沸騰石が入れられるのである.


  1. このメモの熱力学の表式等は基本的に Kerson Huang, ``Statistical Mechanics" 2nd Ed., Wiley (ISBN-13: 978-0471815181) のp.35〜38に書いてあることを日本語でまとめているだけだが,僕の理解不足のために分かりにくくなっているかもしれない. ↩︎

  2. これについては例えば,『現代熱力学 —熱機関から散逸構造へ』 イリヤ・プリコジン他 著, 朝倉書店(ISBN-13: 978-4254130850)のp.106〜109に記されている. ↩︎

  3. これは化学の実験では突沸が起こりうるほどの火力で加熱しているから(容器がビーカーやフラスコだということも要因である)であって,家庭のガスコンロではそこまで心配する必要はない$ ^{本当?自信ない.} $. ただ,最近ではお味噌汁を電子レンジで温めて,過熱状態にしてしまって突沸するという事故も起きてはいるので注意は必要である. ↩︎

  4. (\ref{1st_rule})式を積分して求めている. ↩︎

  5. 正直,この議論がどこまで正しいのかは判然としない.平衡状態を記述する熱力学を用いて,準安定状態を議論している.これについてコメントしている『熱力学の基礎』 清水明 著,東京大学出版(ISBN-13: 978-4130626095)の「15.10準安定状態」を参照してほしい. ↩︎